日課とは毎日同じ時間に、同じことを繰り返す「生活リズム」のことです。
間違えられやすいですが、「日課」は学校のような「時間割」の概念とは全く違うものなんです。
【日課】一日にやることの順番を身体が覚えていくので、ちょうどその時間にお腹が空いたり、眠くなったりするという体内時計を作ること。
対して【時間割】は何時に何をやるということが決まっているので、いつでも時間を気にして、時間に追われるような感覚になること。
子育ち実践では6歳までに体内時計を確立するように、日課を繰り返します。
すると、ちょうど小学校に上がったくらいで外側の「時間割」と自分のなかの「体内時計」を微調整しながら、時間に縛られずコントロールできる子になる、ということなんです。
Contents
家族それぞれの日課
アドラー心理学で大事にされている概念の一つに「課題の分離」があります。
どこからどこまでが「自分の領域」なのか?
「自分と相手との間に適切に境界線を引く事で、あらゆる人間関係の苦しみから解放される」とアドラーは説きます。
子育ち理論派アドラー心理学の考え方もベースになっていますが、それを実践的にしているのが「日課」の考え方でしょう。
まずは「自分の日課」があったうえで、「子の日課」「夫(パートナー)の日課」がある。
家族とは各々の日課があり、各人がそれを把握し、それぞれに思いを馳せる(精神的には共有。時空を超えている)ということ
そして自分の日課のなかで共有の時間を持つことであると、遠藤さんは言います。
その例として、よく売れっ子芸能人夫婦が「離婚の原因はすれ違い生活です」と言っていることがありますが、
それは、日課を把握して想いを馳せ、共有の時間を持とうとする意識のなさが原因だということです。
よくファミリーカーのCMにあるような、休日にみんなで森に出かけていくことが「家族」の象徴であるような描かれ方は虚像なんですね。
後述しますが、日課の安定は1歳半くらいまでは子が作る日課で母親は全面的にそれに合わせていく事になります。
母親は「自分の日課」はある状態で、我が子にその時間をほとんど使ってあげなければならないので、「自分の日課」はないように思えるでしょう。
しかし、「この1年半は自分が生み出した命を育むために、全面的に時間という最も貴重な資源を提供しているのだ」という前提の意識があるかどうかで捉え方は全く異なるのではないでしょうか。
そして、歩き始めくらいからは母親の方が日課を手当してあげて、自分でやることが増える(子の領域)につれて母親は「自分の日課」を戻していけるようになります。これが子離れの第一歩です。
日課の概念があるからこそ、「子離れ」「親離れ」ということは必要なくなる。
これが問題になるのは、「自分の日課」も「子の日課」も一体化(癒着状態)してしまっているからこそ起こる、という事です。
「日課」という時間的環境
日常的に繰り返す時間
日課は時計という文字に表されていますが、時計が読めるから時間概念があるとは限りません。
それは文字が読めるから文章が読めると勘違いすることと一緒です。
例えば「おじいさん」という言葉の場合。
日常的に触れ合う自分の祖父、近所のおじいさん、たまたま道ですれ違ったおじいさんなど、たくさんの個別の「おじいさん」を目にするなかで「おじいさん」という言葉に表されることを知り、自分の中のイメージと繋がることにより次第に「おじいさん」という文字が読めるようになっていく。
記号が先に入ってしまった子は「お」「じ」「い」「さ」「ん」としか入らず、文字としての機能が失われてしまいます。
それと同様に「何時何分」と読めても、スケジュール管理ができるわけではありません。
先に日課という概念で自分の行動を確立していくと、6歳くらいで体内時計ができる。
外側の文字としての時間割と合わせることにより13歳までにスケジュール管理ができるようになる、という見通しなのです。
先に体内時計を確立しておかないと、小学校に入学し時間割の生活に入った時いつでも時間に追われている感覚になってしまうそうです。
その弊害の典型例が
子:「もう学校に行きたくない」
親:「なぜ?」
子:「もう間に合わないから」というシーンだそう。
体内時計がないのに時間割にはめ込まれると、時間に間に合わないとモチベーションがグッと下がってしまうが、
体内時計で動いている子は、「これして」「これして」「これして」学校に行くので、遅れようが早かろうが関係なく行くんだそう。
ただし、これだけでは単なるマイペース(協調性がない)なので、周りの大人が「ほら、もう〇時〇分よ」「学校は〇時〇分に始まるよね」「一時間目は〇時〇分に始まるよね」と話し、時計を意識するよう持っていく意識が大事になります。
【0~2歳の子が決める日課】
特に0歳代は母親は全面的に子に合わせる。
それは母の日課の90%を我が子に合わせなければならないので、大変で当たり前(1年は我慢するしかない)。
1年間+α我慢すれば、こちらが指示する日課に徐々に整っていくもの。
日課の安定し、指示で生活することで何らかの障害があったとしても、目立たなくなる=「生活」はできるようになるから。
※「1,2,3」と数えられなくても「リンゴが一個、2個」とは数えられるし、「1/2」という概念がわからなくても「リンゴを半分にして」の指示で半分にする子になる。
1歳ちょっとくらいから指示を出しながら、大人の日課に近づけていく。(大人の日課に近づけるためには10年くらいかかる)
※思春期になって昼夜逆転してしまう子は、6歳までの日課の安定が意識されなかったことによる。
「疲れたら寝る」という意識。
「夜寝ないから昼寝をさせないで」は全くの勘違い=疲れたら寝るだろうという発想からで、疲れなきゃ寝なくていいのか?ということになる。
「おもちゃで遊ばずにとにかく走り回らせろ」という疲れるだけで、成長しない間違った育児観につながっている。
単に疲れるだけは興奮してしまってなかなか寝付けなかったりする。
どんどん寝なくなって、遅くなり・・・夜間生活に入っていく。
修正には同じく10年くらいかかる。
一番疲れることはご飯を作る事だったりする。
何かを切ったり、ご飯をよそったり、お茶碗並べたり・・・することで心地いい疲れ(充足感)が味わえる。
大切なのは朝「親が起こさない」こと!!(10時間の就寝時間を保証すれば自分で起きてくる)
子が自分で起きてくるということを繰り返すので「自分で起きられる」(自分で起きる時間をコントロールできる)子になる。
例として、子育ちOBの息子さんは中学生くらいになって、外国にホームステイに行く際に荷物を減らしたい→一番初めに荷物から外されたのが目覚まし時計「自分で起きるからいい」
起きようとなればきっちり起きれる。
6時(将来一番有利だから。2時間くらいかけて脳は完全に覚醒するので、始業時間にピッタリ合う→午前中が一番集中できる時間帯になる)
に起きる想定をして、10時間だと20時には眠りにつく設定にする。
20時に眠るためには19時半くらいには布団に入る。(もっと早くてもいい)
日課のモデル
【19:30ころ入眠の儀式】
①ローソクを立てる
眠りに入ること=ファンタジーの世界(「生」と「死」の境に存在す世界)。←薄暗いもの
トワイライトの世界=「死」の世界から魔物が出てくる。
怖いという情動がしっかり出せる子になる。
※グリム童話の初版ではこの辺りがしっかりと描かれている。徐々に暴力的・性的シーンが人道主義的に削られていく。行きついたところがディズニーのグリム童話。さらにひとくなって狼と仲直りしてしまったり。
初版ではそもそもの「怖さ」がしっかり感じられる。怖さを克服して「ものすごく面白い」となる。(6歳ころ。早い子で5歳)
わらべうたや昔話(生と死の狭間にある)も同じ。
②電灯を消す
③布団に入る
④お話
一日の出来事(内省の時間)・うそ歌・わらべうた・覚えている昔話(本を読むと面白くて寝なくなってしまうし、薄暗いので目が悪くなるから読まない)
家族、一族の物語(直系傍系の物語)、子が生まれた時の話(病院で生まれて特にないのであったら、事実をつなぎ合わせて作る)
※ファンタジー=事実に基づいたうそ話。
古事記も神話も事実があってのうそ話。
⑤布団から一緒に出てローソクを消す
⑥ギューっと抱きしめて、子だけ布団に戻る
⑦眠るまでそこにいてあげる。(子守唄を歌ってあげる)
年齢が進んでくると、ローソクを消して「もういいよ」と一人寝になっていく。
これは添い寝でもなく、一人寝でもない。一人寝に向かう添い寝と言える。
【20:00 眠る】
眠る時は一人。(10時間)
【6:00 起きる】
・自分で起きる。
・ギューと抱きしめる。
起きたらまず何をするかは各家庭事情に合わせて親が作っておく。
着替えする・顔を洗う・お父さんと散歩に行く・朝食の支度をする・洗濯をする・掃除をする・・・
・家事をする
親は生活を回しつつ、その場に即した指示を出し続ける。子が「やる」「やらない」の決断と行動は本人に任せる。
【9:00 おやつ】
【午前に地域に出かける=散歩】:遊びの場面
・雨でも(天候に関わらず)出掛けるから日課になる。天候に応じた指示を出せる。→状況に応じて支度を替えていける子になる。
例:今日は暑いからタオル持ってきてね。
今日は雨だから傘を持っていきましょう。
・散歩の母子の位置関係
子が先を行き、母親はマネをし、安全確保と帰りの時間を気にしながら後ろをついていく。
子が止まれば止まる、歩けば歩く、しゃがんだらしゃがむ。
「帰りますよ」という指示が出たら、母親の横を子がついていく状態に。歩かせたくなったら背中に手を触れ「はい、行きましょうね~」とする。
※手は脳の延長であることから、手を引っ張らないこと!
【11:00 昼食】
昼食の準備は朝食時に一緒にしてしまう。
「お昼に食べましょうね」と指示を出しながら作っておくと、子は自分で作ったお昼ご飯なので散歩の後帰りやすくなる。
※常に心の準備ができるように見通しておくことがコツ。
【12:00 横になる】
・ギューっと抱きしめる
・「昼寝をしましょう」ではなく「横になりましょう」
横になる指示(生活場面として)は出せるが、眠るかどうかは子が決めること。(魂の問題=遊びの場面に当たるから。)
3歳すぎたら「眠らなくていいよ。横になるだけで」と言ってよい。
子は身体と魂が眠る必要があれば眠っていく。
5歳くらいになると10分くらいごろごろして、起きてくる。これでOK。
横にはなってもらう→内省の時間(忙しいとどうしても少なくなりがち)であり、午前と午後のメリハリ(身体を休める)。
※親は一緒に横になり(枕元に座ってもよい)、今日の午前中の話をしてもよい。(積極的な内省の時間)
親も一緒に短時間眠ると午後の能率が上がる。寝過ぎに注意!
【14:00 起きる】
・自分で起きる(親が起こしてはダメ)
→この繰り返しが、時間を決めて自分で起きる子になる。「〇時に起きる」と決めるとスッと起き、それが苦ではない子になる。
・ギューっと抱きしめる
・屋内外で遊ぶ
【15:00 おやつ】
【午後に地域に出かける=買い物】:生活の場面+子の育ちの保証
・毎日買い物に出かける。
主婦の買い物の目的:一週間に一度買い置きをして時間とお金の無駄を省き、趣味や学習の時間に当てること
母親の買い物の目的:毎日買い物に出かけることで、子は歩いて身体を動かす→子は強制的に疲れさせられているわけではなく、目的があって出かけているので心地よい疲れを感じる。
・買い物の母子の位置関係
「散歩」の帰る指示後と同様に母の横に子がつく状態に。(感覚的に)
・抱き上げ歩きはNG!どうしても危ない場合は横に持ってサッとその場を離れる。
【16:30 家事・夕食】
・食事
・お風呂
・布団
以上の3つを同時並行で行う事で、子は「ご飯食べて、お風呂入って、寝る」ことに見通しをもてるようになる。
子はやらなくていいので(1~1歳半ではできないので)、例えば布団の裾を「そこを引っ張って」というだけで布団を敷いた気になるので細かく指示を出していく。
※子は少しでも自分が関わっていれば、自分がやった気になる。
カレーに最後のルーをポトンと落としただけで「私が作ったカレー」ということになる。「ルー入れただけだけどね」などと皮肉を言わずに、「〇〇ちゃんが作ったんだよね」とマネで返す。
子はモチベーションが下がらないからまた作るのを繰り返す。6歳になれば材料さえあれば、一人でカレーや卵焼きを作れるようになる。
(買い物はちょっと別なので、全て一人では出来ないが。)
・夕食
・片づけ
【18:00~18:30 一緒に何か】
・本読みなど
【18:30~19:30 お風呂・着替え】
・お風呂
最初は遊び場として認め「楽しい場所」とする
棚を設けておもちゃを置いて遊ぶ。
・遊びの条件
①湯船のなかで遊ぶこと
②湯船のお湯はおもちゃとして認めるが、水道・シャワーの水はおもちゃとして認めない。
※親は子と一緒にお風呂に入るべきではない。親は濡れても良い格好をするか、便宜上服を脱いだとしても一緒に入っている気持ちにならないこと。
→赤ちゃんは一人でお風呂には入らない(ベビーバスを使う、お父さんに入れてもらって受け渡しをする)ように、この状態が一人でお風呂に入れるようになるまで続くということ。
「子育ちを手伝う子育て」という理念上、子が一人で風呂に入ることを手伝う(耳の後ろも洗って、タオルを絞ってなど細かく指示を出す)のが母親の役割であるから。
一人で風呂に入っている状態になった時に、親は一緒に入るかどうかを決める。
こういう意識がないので、「ゆっくり入れない」というイライラにつながる。
母親は自分の日課として「子の入浴を手伝う」時間として提供し、子が寝た後にゆっくり時間をかけて風呂に入ればよい。
【19:30 布団に入る】
を繰り返す。
※こうした日課が体内時計としてしみついていると、非日常的に出先で夜更かししても日課通りに起きてきたりする。
日課=生活で骨格を作る。生活の時間は長いが、繰り返していくうちに質を落とさずに短時間になり遊びと学習の時間が残っていく。
丈夫さを保ちながら骨組みが細くなっていくイメージ。
短時間で食事が作れるようになる、子は将来一人暮らしをした時に自分で食事の手当てができるので健康を保てる。
※これが身体にしみついていないと、面倒くさくてできない。
まとめ
日課において特に重要な指示(優先順位)
- ①「睡眠」:眠る子だけが育つ。
- ②「歩くこと」:抱き上げ歩きはしない。抱っこをせがむ場合は「落ち着かせ」が必要な時なのでギューっと抱きしめる、立ってほしがる場合はその場で立ち上がってギューっとする。
- ③「食事」:一番こだわるべきは質よりも時間!
終わりをはっきりさせることで集中する。遊びはじめたら終わりにし、当然お腹がすくのでおやつは食事の延長と捉えた内容とする。
※子が遊びながら追いかけてあげるのは絶対にやらない←そもそも「食べ始め」ていない。「終わり」がはっきりしていないからダラダラ続く。「終わる」ことから始まる。
↓
・宿題も同じ理論。小学校に上がった時に、日課の中に「宿題」の時間を組み込む。この時に「終わり」を定めて、時間が来たら答えを指示してしまってよい。「終わる」ことがハッキリしているので始める。
始めた子は「自分でやるから黙っていて!」というようになる。身勝手のようでいて、だから成長するw
食事量について:3回の食事+2回のおやつでトータルとして必要量食べていればよいので、きちんと終わること。
小食の子はおやつも食事のような内容にして量を確保。食べられるようになったら「お楽しみ」的なおやつにしていけばよい。
- ④家事:配膳・炊事・食事・片づけ・掃除・洗濯・買い物
その子にあった道具を揃えること。
包丁・まな板・ピーラー・エプロン・踏み台・ほうき・はたき・ぞうきん・ちりとり・バケツ・洗濯板・たらい・ピンチハンガー・買い物かご・裁縫箱・・・
そうするとモチベーションが全く異なる。
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