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AI時代に必須の基礎読解力

まんまりえ’s Room
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2018年に出版された新井紀子氏の「AI vs 教科書が読めない子どもたち」

という書籍をよみました。

私は、現在小学校の5,6年生に算数の指導をする学習指導補助の仕事をしていますが、

現場でひしひしと感じるのは、

「教科書に書いてある言葉がイメージを伴って伝わっているだろうか?」

という不安です。

5年生で習うカリキュラムに「平均」があります。

例えば「5日間で以下のように空き缶を拾いました。

1日平均何個の空き缶を拾ったでしょうか」

曜日
個数 5 8 7 3 6

平均=合計÷個数ですから、

(5+8+7+3+6)÷5

=29÷5

=5.8(個)

となるのですが、なんの迷いもなく解答欄に58個と書いてしまう例が一定数あります。

ただ単に小数になるわり算が身についていないということだけではなく

「平均」とは全体を同じ数や量にならすこと、

この言葉の意味を捉えられていないことの現れです。

私は単元の第1時で、

バラバラに積み上げられた5列の積み木を使って、

ならすこと、平均の意味を体感してもらうよう

導入の工夫をしました。

しかし単元テストにおいて、1日に10個以下しか拾ってないのに、

平均を「58個」と解答するということは、

「平均」という言葉の意味も、

「58個」という数量のイメージも持てていないのではないか…と感じました。

もちろん、私の指導力不足もあります。

指導力アップと子ども達の読解力をなんとか上げる術はないか・・・

という思いを持っていましたので、とても興味深く読ませていただきました。

そして、これは皆さんにもシェアしたい!と思ってこの記事を書いています。

まずは、本書の概要からシェアします。

Contents

AIは意味を理解しない

本書ではまず、新井氏が2011年に立ち上げた人工知能プロジェクト
「ロボットは東大は入れるか」(通称:東ロボくんプロジェクト)

について書かれています。

このプロジェクトのねらいとは、東大に合格できるロボットをつくることではない、といいます。

そのねらいとは・・・

もちろんAIが東大に合格する日はやってこないでしょう。
でも、一方で、センター入試の答案を埋めるだけで合格できる大学はたくさんあります。
東ロボくんはきっと3年でどこかの大学には合格できる。
毎年偏差値は上がっていく。
そのうち、優秀な高校生が第一志望に合格するような有名大学にも合格するようになるでしょう。
その様子を毎年公開して、AIとは何か、
AIには何ができて何ができないのかを示し、多くの人に実感してもらいたい。
AIの実像を正確に示したうえで、
AIと共存することになるこれからの社会にどのように備えていく必要があるか、
さまざまな立場にある人が考える材料を提供すること
第1章MARCHに合格ーAIはライバル P20より
 
こうして始まった東ロボくんプロジェクトですが、以下が最後に受験した2016年の成績です。
 

出典:https://21robot.org/progress.html

東ロボくんの偏差値は57.1。

全国の大学の7割の大学にA判定。その中には有名大学も含まれていました。

大学入試において、過去問やウィキペディアといった活用可能な知的資源、

そして最先端の数式処理などフル活用しても、

東ロボくんは偏差値65を超えられないと新井氏はいいます。

それは、AIには人間にとって当たり前の「常識」がないからです。

今では多くの人が手にしているスマートフォン。

Siriだったり、Googleアシスタントだったりに目的地や

レシピを質問をすれば、答えてくれます。

でも、スマホ=AIは意味を理解して答えを教えてくれていると誤解しがちです。

しかし、AIは意味を理解していない。

「入力」に応じた計算をし、答を「出力」しているのみ。

意味を理解できる仕組みが入っているわけではなく、

「あたかも意味を理解しているふり」をしてたし算とひき算をしているだけなのです!!

だから

「私はあなたが好きだ」と

「私はカレーライスが好きだ」という中高生にとっては当たり前の

本質的違いも、計算で表現するには非常に高いハードルがあります。

東ロボくんの偏差値が頭打ちなのも、ここに根本的原因があったのです。

私は未読ですが、松尾豊氏の「人工知能は人間を超えるか」

という著書の中には、10~20年後も残る職業トップ25というものが掲載されています。

残る仕事の共通点は

コミュニケーション能力や理解力を求められる仕事や、

介護や畦の草抜きのような柔軟な判断力が求められる肉体労働が多いそうです。

AIには不得意な分野である、

高度な読解力と常識、

加えて人間らしい柔軟な判断力が要求される分野です。

AIの弱点は、万個教えられてようやく1を学ぶこと。

決められた(限定された)枠組みの中でしか計算処理できないこと。

だから、1をきいて10を知る能力や応用力、

柔軟性、枠にとらわれない発想力が備わっていればAIなどに負けたりしません。

AIに代替される能力

AIは文章の意味を理解しませんが、

AIに読解力をつけさせる研究は積み上げられています。

その結果、文節理解、主語と述語・修飾語などの関係性(係り受け解析)

「それ」「これ」などの指示代名詞が何を示すのか(照応解決)は、

自然言語処理で盛んに研究されて性能も上がってきています。

しかし、なかなか精度の上がらないのが

①【同義文判定】

2つの違った文を読み比べて、意味が同じかどうか判定する。

②【推論】

文の構造を理解した上で、生活体験や常識、さまざまな知識を総動員して、

文章の意味を理解する力

③【イメージ同定】

文章と図形やグラフを比べて、内容が一致しているかどうかを認識する力

④【具体例同定】

定義(国語辞典的な定義・数学的な定義)を読んでそれと合致する具体例を認識する力

①は現段階の研究では、なかなか難しく、

②~④の3つは、意味を理解しないAIでは全く歯が立たないそうです。

以下全国の中高生の基礎的読解力を調べるために新井氏が主導した

「リーディングスキルテスト」の例題です。

出典:一般社団法人 教育のための科学研究所

このテストの結果分かったことは、有名私大に大勢進学している高校でも、

「推論」などの結果が思わしくないということ。

それは、表面的な理解はできるけれど、深い読解ができておらず、

文章を読むことは苦ではないのに、

中身はほとんど理解できていないということが起こりえるということです。

つまり、コピペでレポートを書いたり、

ドリルや暗記で定期テストを乗り切ったとしても、

そのレポートの内容も、

テストの意味も理解していない、ということです。

AIはこのような能力を持つ機械です。

ということは、AIに代替されてしまう能力だ、ということになるわけです。

新井氏が最も憂慮しているのは、

ドリルをデジタル化して、その子独自のミスをまとめることで

「それぞれの子の進度にあったドリルをAIが提供します!」

と宣伝する塾が登場していることです。

小学生のうちからデジタルドリルに取り組んで、

「勉強した気分」になり、テストでいい点数をとってしまうと、

それが成功体験になってしまって、

読解力が不足していることに気づきにくくなります。

中学生になってもデジタルドリルを繰り返せば、そこそこの成績をとれます。

しかし、受験勉強に向かい始める中3になって成績がなぜか下がる・・・。

新井氏は、読解力を身に着けない限り、成績は頭打ちであることを断言し、

デジタルドリルの普及に対して警鐘を鳴らしています。

我が自治体でもGIGAスクール構想で子ども達に配布されたiPadには、

ミライシードというベネッセがつくったデジタルドリルが入っています。

学校にデジタルドリルが入り込んでいることを鑑みると、

教育を学校や塾に丸投げしている場合ではない、と思わされます。

家庭でできること

新井氏は読解力を向上させるための有効な処方箋はまだない、としています。

しかし、私には「子育ち理論」と「どんぐり倶楽部」があります。

子育ちの「生活」場面では、日課の中で絶え間ない指示が出ます。

「パジャマから洋服に着替えてください」

「ご飯になるから、ご飯を持ってください」という日課を回す指示。

これが料理の場面になると、さらに指示が細かくなります。

「キャベツとキュウリのサラダを作るよ。

 キュウリを出してください。

 洗いましょう。

 へたをとってから、輪切りにしていくよ」

こうした生活場面での指示の言葉を、

丁寧にすることで、体験と言葉が結びつきます。

子は大人が思っている以上に、体験から言葉を学んでいます。

我が家の例ですと、長女Sun(10歳)と次女Moon(6歳)がよく口喧嘩をします。

我が家ではテレビの視聴時間を毎日30分までと上限を設けています。

3人でその時間を何を見るか話し合って決めています。

「あ、そういうこと言うんだったら、

「ひらめき」(Eテレの工作番組「ひらめき工房」)見せないから」と

SunがあまりにもしつこくMoonに言い、Moonの泣きわめきが目に余り、

「Sun,そういう脅しはよくないと思うなぁ」とたしなめたことがあります。

そのシチュエーションを覚えていたのか、

SunがOcean(3歳)に

「Ocean、おやつ食べたあとのごみちゃんと捨てないと、

「ひらめき」みれないよ?」というと、

Oceanは、「は~?なにそれ、おどし?」と返したのです(; ・`д・´)

この言葉にはSunと共に目を丸くして見合わせてしまいました。

3歳児の口から「脅し」なんという言葉がでるとは。

発する言葉全てを吸収していることを見せつけられました。

そして、どんぐりでは複雑な文章を言葉を絵図化していきます。

「ずつ」がまだまだ安定的に分かっていないなぁと感じる次女Moonには、

公平に分ける場面では意識的に声をかけます。

「Moon、このみかん10個入ってたわ。

家族5人で分けたら、一人何個食べられるかな?」と生活場面を通して伝えます。

糸山先生は「良質な算数文章問題」が読解力養成ができる理由について、

以下のように語っています。

「どんぐり倶楽部」の「良質の算数文章問題」が
 国語力(読解力)も養成できる理由は、
 シーン展開を含んでいるからです。
 算数と国語の違いは
 1シーンの細部描写(再現)か
 多数シーンの曖昧描写(再現)かの違いです。
 算数も国語も本質的には、
 視覚イメージ再現
 という点においては全く同じなのです。
 違いは細部描写には
 根気と緻密さが必要ですし、
 複数シーンの流れをつかむには
 大まかな理解(再現)で
 数多くのシーン理解(再現)をする、
 あるいは完全に理解しなくても
 次に行く大雑把さ(拘りすぎないこと)が
 必要になるということなのです。
 
 ここで大事なことは
 精細(緻密なこと)から大雑把になることは
 比較的に簡単ですが、逆は難しいということです。
 整理整頓を出来る人が乱雑にするのは簡単ですが、
 日頃から乱雑にしている人が整理整頓するのは難しいということです。
「どんぐり倶楽部」の「良質の算数文章問題」は
 算数の文章問題ですから緻密さを要求されます。
 しかもかなり高度な緻密さです。
 
 さらに、ストーリー性を加えてありますから
 解きながらの遊びがあります。
 実は、この遊びが国語の複数シーンの把握につながるのです。
 
 算数の文章問題が楽しくなければいけないのは
「飽きないように」ではなく、
 国語力もつけるために必要だからなのです。
 ですから、「どんぐり倶楽部」の「良質の算数文章問題」は
 これだけで国語力も算数力も付くのです。
 プラトンが創立した哲学学校の門に
「幾何学を解さざる者入るべからず」と刻んだのは
「哲学には精緻な思考が必要である」ということです。
 計算とは全く関係ないのです。
 
 また、曖昧な流れの方が日常的であるが故に
 訓練が必要なのは、緻密な描写の方なのです。
 映画を楽しめない人はいませんが
 絵画を楽しめない人は多いのもこのことが原因です。
 楽しい「どんぐり倶楽部」の「良質の算数文章問題」という
 中間形(プラットホーム)を知っていると
 修飾の少ない数学にも、修飾の多い文学にも
 どちらにも簡単に移行することが出来るようになります。
 
 さらに、独創的な考えも
 ヒラメキでさえも養成することが出来ます。
 なぜなら、これらは全て視覚イメージの操作から生まれるものだからです。

出典:健全な子育てと教育のヒント どんぐり倶楽部雑記帳より

今回新井氏の書籍を読んだことで、

より2つの理論を丁寧に実践していこうと思ったのでした。

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